廣瀬浩司:授業資料格納所

授業用レジュメの残り物

科学文化論IIA

科学文化論 IIA
一九五〇年代のメルロ=ポンティ:『コレージュ・ド・フランス講義要録(Résumés de cours1952-1960)』読解をとおして

1945年の『知覚の現象学』以後、サルトルとともに『現代(Les Temps Modernes)』で活躍していたメルロ=ポンティは、1952年にコレージュ・ド・フランス講義となる。この講義は、『知覚の現象学』の身体論を中心とした考察をもとに、「表現」「言語使用」を研究し、あらたな歴史論の確立を目指すことから始まる。その頂点をなすのが「制度化」と「受動性」をめぐる1954-1955年度の講義である。
 その間サルトルとの離反、『弁証法の冒険』の執筆などに伴い、メルロ=ポンティの思考は新たな屈折を示す。それが1956―1957年度から始まる「自然の概念」についての講義である。この講義は「母なる自然」への回帰などではなく、まさに西欧マルクス主義における弁証法の「危機」、さらには哲学そのものの危機を乗り越えようとするものにほかならない。そのため彼は「デカルト存在論」の乗り越え(『眼と精神』)、現象学の限界における思想を展開し、『見えるものと見えないもの』という遺著へとまとめあげようとしていたのである。『コレージュ・ド・フランス講義要録』の最後の講義は「自然とロゴス」人間身体」と名づけられている。
 本講義は遺著『見えるものと見えないもの』の広い射程を垣間見せてくれるとともに、現代だからこそ取り上げ直しうるようなさまざまな刺激的な問題に満ちている。なによりも読み取ってほしいのは、各講義のテーゼよりも、たえず新しい問題を切り開いていくメルロ=ポンティの思考の動性である。

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テクストについて
・この『要録』はメルロ=ポンティが各年度の講義の報告書であり、それが彼の死後1968年にまとめられて出版された。
・他方、1992年、メルロ=ポンティ夫人がこれらの講義のためのメルロ=ポンティの準備ノートの手稿を国立図書館に寄贈し、参照可能となった。彼の自体はフランス人にも判読困難であるが、すでに以下のものが公刊されている。
・『感覚的世界と表現の世界』(1952-53)
・『言語の文学的使用についての研究』(同上)
・『個人的・公的歴史における『制度化』』(1954-55)
・『受動性の問題―眠り、無意識、記憶』
・『自然』(自然についての講義や学生のノートの集成。編集は粗雑だが内容的には興味深い)英訳もある。
・『今日の哲学』(1958-59)
・『ヘーゲル以後の哲学と非哲学』(1960-1961)邦訳あり。

これらは『講義要録』ではわかりにくいメルロ=ポンティの講義で、どのような具体的な内容が扱われたのかを明示してくれており非常に有益である。しかし『講義要録』もまた、公表を意識した文章として、凝縮された文体のうちにきわめて刺激的な文章を提示してくれている。演習では、前者の講義ノートには遡らず、『講義要録』そのものを精読することで、完全に隘路に陥ってしまっているようにみえる現代の思想の危機を突破することを目指したい。