廣瀬浩司:授業資料格納所

授業用レジュメの残り物

2018-07-01から1ヶ月間の記事一覧

オルガンとダンス。あるいは習慣論の脱構築

「オルガンとダンス」(『知覚の現象学』p. 243- メルロ=ポンティは「身体図式」の更新の思想家ではない。習慣について、オルガン奏者の例で考え直す。 ・オルガン奏者が、ひとの楽器で、短い練習で弾けてしまうこと。 ―反射説(機械論)の批判 ―分析説(観…

野生の存在に出会うために(未完)

野生の存在に出会うために(未完) 比較文化学類教員 廣瀬浩司1. 透視画法的認識の解体とは 「我々には、子どもの時間やその早さを、我々の時間や我々の空間などを未分化(indifférentiation)にしたものとして理解する権利があるのだろうか」 ──あるところ…

メルロ=ポンティ「表現と幼児のデッサン」第2回

メルロ=ポンティ「表現と幼児のデッサン」第2回参考文献:鬼丸吉弘『児童画のロゴスーー身体性と視覚』(剄草書房)、1981。体芸図書館蔵 1)表出期 ・身体性を主とするが、それだけではない。しるしをつけること、表出行為そのものに関心。 → 円形の発見 →…

メルロ=ポンティの奥行き概念

メモ 1)マルローの芸術論について かつての宗教芸術 → 「古典時代」(ルネッサンス以降)の世俗化(近代)=表象(représentation)の時代 → 現代における「主体の回帰」(宗教へのノスタルジー)という図式をメルロ=ポンティはどのように批判しようとする…

メルロ=ポンティのアール・ブリュット(先端V)

メルロ=ポンティ「表現と幼児のデッサン」(『世界の散文』の一章、メルロ=ポンティコレクション『幼児の対人関係』にも所収)、1950年代前半の草稿。第一段落:問い ・「プリミティヴ」、幼児、「狂人」のデッサン ・無意識の詩(ダダ・シュルレアリスム…