廣瀬浩司:授業資料格納所

授業用レジュメの残り物

2015-05-07から1日間の記事一覧

自己の身体と他者の痛み

・「痛みは『痛む空間』を構成する。「足が痛い」というのは、「私の足がこの痛みの原因であると思考する」ということではなく、「痛みが私の足から来る」「私の足が痛い」ということである」これが痛みの「原初的ボリューム性」と呼ばれる。(『知覚の現象…

ラングとパロール

1 メルロ=ポンティはパロールの共時態と書いて、ソシュール派の失笑を買ったが、彼にとってパロールは、個人的・現在的でありつつ、「厚みを持った現在」において、「聴き手」を創出する制度化のプロセスであり、これに対立するのはラングではなく、歴史文法…

Je me vois voyantと叫ぶ光

Je me vois voyant. 「自分が見るのを見る」ということは、鏡や自画像で自分の目を見ることではなく、見るという行為を見るということであり、ほとんど不可能な行いであるはずである。「自分が見るのを見る」ことと「見えないもの」を見ることの深いつながり…