廣瀬浩司:授業資料格納所

授業用レジュメの残り物

ヴァイツゼッカー『ゲシュタルトクライス』

ヴァイツゼッカーゲシュタルトクライス』

1) 相即(Kohärenz)
視覚の場合。蝶の運動→視線の移動→頭や、胴体や歩行運動。この運動がひとつの対象を現出させている。
鉄道眼振、読む行為。視界の中であるものに相即を保ち、あるものは犠牲にする。見るという行為はこの分割である。これらは反射では説明できない
・「知覚行為という作業は、運動系の事象と知覚作業によって実現される対象現出とのからみあいを示す」
知覚と運動は相互に隠蔽しながら接合する(回転扉の原理)

「一つの自我(Ich)〔主体 Subject〕がその環界(Umwelt)に出会う」(木村、p. 32、ヴァイツゼッカー、p. 273-279)
○ Krise : 一定の秩序の流れが唐突に中断される。新しい秩序が生まれて沈静化するが、これを前の状態からは単純に導き出すことはできない。因果的に説明できない。圧倒感、内的分裂感、不可解な飛躍。めまい、虚脱、発作。

ある患者の例。生まれ変わり、半眠的空想。「曲線の曲がっている箇所を、まっすぐに押してやれば球ができる」。→ 無限大において球になることを直観。無限性のうちでの逆転、超越性のうちで裏返し」
Krise : 「非恒常的有限が超越を通って、有限の恒常性に至る通路」。
 これは主体のKrise. ひとつの秩序から別の秩序への移行。主体の連続性と同一性の放棄。

○ 主体とは自我と環界の出会いである。有機体の運動も「かたちの発生」としてそのひとつ。
○ Krise の意味。心的なものを、それ自身の限界において与えてくれる。「主体が転機において消滅の危機に瀕したときにこそ、はじめて私たちは主体に気づく」「主体はたえず獲得し続けなくてはならない」
○ 犬の動き。草の成長。何故に他ならぬ今、他ならぬここでこの行為が生じたかを知らない、という偶有性。「今はこうなのだ Nun-einmal-so-Sein」の秘密。偶然と秩序、予期と不意が出会う。

3 根拠関係(木村、37/ヴァイツゼッカー、298)
「赤ん坊が生まれ、生命が消え、鳥が舞い上がり、獲物を目指して襲いかかり、人が目覚め、病気にかかる。(中略)生物学の経験するのは、生き物がその中に身を置いている規定の根拠それ自体は対象となりえないということである。このことを「根拠関係」と呼ぶ。=客観化不可能な根拠への関わり合い。